■ JR山部駅 4/9 2012年01月12日(木)

  JR山部駅 4/9

山部はかつて、独立した町でした
昭和31年富良野町は東山村と合併しますが、人口は28,000人と当時の「新市町村建設促進法」の市制のための条件である30,000人をクリアしていません
そこで山部村との合併交渉に入りますが、山部村は、合併しなくても財政的に十分やっていけるということで、反対意見も多く、合併問題が解決するまでに10年ほどの歳月が掛ったといいます(※写真は旧山部町役場です)
昭和40年4月1日山部村から山部町に移行されたその年の10月31日
住民投票が行われて開票の結果、賛成1,797、反対1,638の微差で合併賛成派が勝利しました翌年の昭和41年5月1日山部町と富良野町が合併、富良野市の市制が誕生したといういきさつがあります
 

■ JR山部駅 3/9 2012年01月12日(木)

  JR山部駅 3/9

山部駅から徒歩1分:国道38号線にでます

市街地の国道の両側には商店が並んでいます
市街地を離れた国道の沿いには
観光シーズンにはメロンやスイカ・トウモロコシの直売場が店を開きます
山部はメロンやスイカの栽培が盛んです
軟白ネギ、ピュアホワイト(トウモロコシ)、食用の百合根などの
特産品もあります

地域の人口規模のわりには大きな市街です
 

■ JR山部駅 2/9 2012年01月12日(木)

  JR山部駅 2/9

山部駅の駅舎は昭和63年に建て替えられ、山小屋風の外観です
当時は、芦別岳への登山口の最寄り駅としての
利用客も多かったと思われます
駅前には芦別岳登山口という看板もありますが
現在は、列車を使って山部駅で降りて芦別岳への登山という人は
あまり見かけません
山部自然公園太陽の里「ふれあいの家」まで
車を利用して登山する人が多いのかも知れないなと思いながら駅を出ます
 

■ JR山部駅 1/9 2012年01月12日(木)

  ○○駅から徒歩○分

JR根室本線 山部駅 1/9

山部(やまべ)駅  開駅 明治34年4月1日

【駅名由来】アイヌ語の「ヤム・ペッ」(冷たい水)からきたもので
夕張山系の芦別岳には深い渓谷があり残雪も多く河川の水も冷たいからだと思われます

富良野駅から14分  運賃は 260円  
 

■ JR富良野駅 13/13 2012年01月10日(火)

  JR富良野駅 13/13

古い商店街も新しい形で生き残り蘇ることを祈りながら

次の駅 山部駅に出発進行です
 
※参考資料「すずらん街の生いたち」操上秀峰氏著
     「続 富良野こぼれ話」富良野郷土研究会
 

■ JR富良野駅 12/13 2012年01月10日(火)

  JR富良野駅 12/13

車社会が悪いとは思いません
大型店が悪いとも思いません
車はないと困りますし、何でも一か所であがなえる店舗は便利です

一体どうすればいいんでしょうね
富良野市では今、市街地活性化基本計画に基づいた
新しい街づくりで
駅前の中心街活性化センター「ふらっと」ができ
協会病院跡地には、複合商業施設「フラノ・マルシェ」でき、と新しい流れがあります
 

■ JR富良野駅 11/13 2012年01月10日(火)

  JR富良野駅 11/13

かつて、ぼくらが長髪でGパンで、世の中が自分中心に回っていると思っていた時
商店街と言えば、流行りの歌が流れ、コロッケを揚げる油のにおい、焼き鳥のにおい
商品が店先から歩道を狭くし、子どもたちが走り回り、それを諌める母親の声、店先から、安売り宣伝の声などなど喧噪のなかに活気あふれる場所でした

どこの地でも、同じでしょうが、かつての商店街の在り様とは様変わりしています
車社会では、大駐車場を備えた大型店舗の進出で、買い物の形態、人の流れは大きく変化しています
 

■ JR富良野駅 10/13 2012年01月10日(火)

  JR富良野駅 10/13
当時のすずらん商店街協同組合理事長であった横尾栄治郎氏
富良野民謡協会会長の森田藤八氏に前述の操上秀峰氏が
「ヘソバカ三羽烏」といわれながら、東方西走、連日連夜の創作活動の中から
「北海へそ祭り」は、生まれたということです
誰かが犠牲になって捨て身の努力をしなければ、事はならなかったとか
昭和44年8月15日の第1回はパレードの参加者は300人
図腹へそ踊りは11人だったそうです

パレード終了後の横尾氏の言葉を引用します
「タネはまいた、富良野は砂漠じゃないから市民の心の土にしめりさえ絶やさねば必ず芽を出して育つヨ、花が咲いて実が結ぶには50年はかかるネ、徳島の阿波踊りなんか700年もかかってるんだ、北海へそ祭りが育つも育たぬも市民の協力次第だヨ」

平成24年の今年の夏は、第44回の北海へそ祭りを迎えます