■ 「追善記念碑」(上富良野町)1/3 2011年08月11日(木)

  《この碑 なんの碑 気になる碑》

「追善記念碑」(上富良野町)1/3

十勝岳爆発横死牛馬追善記念碑です。

大正15年の十勝岳の爆発は
144名という尊い人命が奪われたのと同時に
当時の貴重な財産であり労働力ともなっていた
牛や馬などの家畜の命も奪い去りました。
 

■ 「十勝岳爆発記念碑」 3/3 2011年08月10日(水)

  「十勝岳爆発記念碑」(上富良野町)3/3

この碑の建立されている場所ですが、
上富良野から、日新ダムを通って白金温泉に向かう道道(どうどう)沿いにあります。
Pのマークの青看板の下に、十勝岳爆発記念碑駐車公園
と目立った表示があります。
きれいなトイレも隣接している広い駐車場になっていますので、

ドライブの休憩場所として利用していただき、
ついでと言ってはなんですけれど、この碑を見ていただき、
十勝岳噴火での泥流の大きさを想像することも一考かと。 
 

■ 「十勝岳爆発記念碑」 2/3 2011年08月09日(火)

  「十勝岳爆発記念碑」(上富良野町)2/3

十勝岳噴火の状況が記されたと思われる文字が刻まれていますが、
旧漢字とカタカナの文字の上、
雨などの浸食で、
判別しがたい文字もあり、

おまけに小生の老眼では、
正直なところ、正確には何が書かれているのか
伝えられません。
 

■ 「十勝岳爆発記念碑」 1/3 2011年08月08日(月)

  《この碑 なんの碑 気になる碑》

「十勝岳爆発記念碑」(上富良野町)1/3

「大正15年5月24日の十勝岳噴火に伴う大正泥流により、運ばれてきた大礫」
と、この碑の前の掲示版には書かれていて、
その大石の上にこの「記念碑」は、あります。
 

■ 美沢開拓碑(美瑛町) 2/2 2011年08月05日(金)

  「美沢開拓碑」(美瑛町)2/2

右手に目を向けていると小さな赤い鳥居が見えます。
この規模の神社としては、きれいに整備されています。その横にこの碑はあります。
碑の前には、沿革として、美沢地区に入植時からの
農場の変遷と区画と思われる地図がしるされています。

この碑も新しいということもあるのでしょうけれど
きれいで、地域の人たちの想いを感じました。
 

■ 美沢開拓碑(美瑛町) 1/2 2011年08月04日(木)

  ○○駅より徒歩○分 番外編

《この碑 なんの碑 気になる碑》
石碑を訪ねてみます。有名な碑・無名な碑・
忘れられた碑など、それぞれそれなりの謂れがあり、建立した人々の思いがこめられています。これもまた、この地を知る一つの手掛かりかと・・・・。



「美沢開拓碑」(美瑛町)1/2

美瑛市内から道道十勝岳温泉美瑛線を白金温泉に向かって走ります。
白樺街道に入る前、美沢地区にこの碑はあります。
 

■ 彰徳碑 2011年08月03日(水)

  「彰徳碑」(上富良野町)

「島津農場解放記念彰徳碑」ということで、
こちらの碑は昭和11年島津農場の小作人が小作農から自作農へと開放が実現された記念の碑だということです。

入植から開拓、小作農から自作農へ、
歴史の流れが二つの碑を通して思われるような気がします。
 

■ 海江田翁の碑 2/2 2011年08月02日(火)

  「海江田翁の碑」(上富良野町)2/2

この碑は、現在「島津ふれあいセンター」にあります。

建立されたときは基線道路と国道237号線のちょうど中間くらいに位置するところにありました。

2000年(平成12年)、島津開拓100年の記念行事のあと、島津住民会の意向もあり、移設されたということです。

碑の前に「島津100年記念植樹」がありましたので、ついでに、ご覧ください。