■ 木田幸次郎翁頌徳碑 3/3 2011年12月14日(水)

  木田幸次郎翁頌徳碑(南富良野町)3/3

この碑の下には、村史が刻まれていますが
風雨に浸食されたのか
読み取りづらいです

明治41年4月1日下富良野村より分離して
占冠村と共に本村を創設し
南富良野外一村戸長役場を幾寅に置く(以下略)

南富良野町の始まりですね
 

■ 木田幸次郎翁頌徳碑 2/3 2011年12月12日(月)

  木田幸次郎翁頌徳碑(南富良野町)2/3

「寒威凛烈を極め辛苦の状言語に絶する」

当時の冬の厳しさ、劣悪な環境にも
木田幸次郎氏は開拓が成功するまでは
決して故郷には戻らないという強い意志を
貫いたそうです

南富良野町発展の基礎を築いた功績は
非常に大きいものだと思われます
 

■ 木田幸次郎翁頌徳碑 1/3 2011年12月09日(金)

  木田幸次郎翁頌徳碑(南富良野町)1/3

この碑は南富良野町役場前にあります

木田幸次郎氏は、
三重県立農学校で農学を学び
明治34年平地の少ない故郷を離れ
北海道開拓を志し
伊勢団体を組織して
現在の南富良野町幾寅へ
入植した人物です
 

■ 開発記念碑 3/3 2011年12月07日(水)

  開発記念碑(富良野市布礼別)3/3

さて、開発の碑です

明治36年布礼別地区の開拓は
民営の本間牧場の開設から始まったといいます

その後、昭和4年本間牧場の小作人への
農地を開放があり
この碑は、多くの自作農創設と
農業開発30周年を記念して
昭和9年10月建立されました
 

■ 開発記念碑 2/3 2011年12月06日(火)

  開発記念碑(富良野市布礼別)2/3

布礼別神社境内は

準絶滅危惧種「ヒメギフチョウ」の観察地で

蝶の食草「オクエゾサイシン」が生息する

富良野市内でも貴重な場所です

布礼別小中学校と、PTAなど、地域の人たちが

自然を守っています
 

■ 開発記念碑1/3 2011年12月05日(月)

  《この碑 なんの碑 気になる碑》

開発記念碑(富良野市布礼別)1/3

この碑は、布礼別神社(男山八幡神社)の鳥居をくぐって
すぐのところに建立されています
鳥居の横には、立札があります

※注意書きがあります

蝶の採集は、やめてください

蝶の食草は、踏まないで!
 

■ 「岸本翠月」の歌碑 3/3 2011年12月01日(木)

  「岸本翠月」の歌碑 (中富良野町)3/3

社務所の横の小さなお堂に通ずる道に

真っ赤な鳥居が重なった様子が

きれいだったので

シャッターを切りました

「この碑なんの碑」おまけショットです
 

■ 「岸本翠月」の歌碑 2/3 2011年11月30日(水)

  「岸本翠月」の歌碑 (中富良野町)2/3

生命の

微をおもひをり

百万の

櫻の蕾

いちどきに咲く