■ JR富良野駅 1/13 2012年01月09日(月)

  ○○駅から徒歩○分
JR富良野(ふらの)駅 1/13
 
不動産の広告「駅まで何分」というのを見て、フッと思いました
そう、かつてのボクらの社会生活では、通学・通勤・買い物と、人の流れと物流の起点は駅でした
車社会の今、ちょっとだけ立ち止まって、駅から眺める風景に、もしかしたら、その街(集落)の在り様がみえるのかもしれません
そんな想いで、このレポートを始めます
ほんの少しだけでも、この地域の居住まいの様子を知る手助けになればと、思います
 

■ 「故団体長奥野仙蔵君碑」「拓魂の碑」 4/4 2012年01月05日(木)

  「故団体長奥野仙蔵君碑」
「拓魂の碑」 (上富良野町江幌地区)4/4

カネキチ農場というのは
農場主清水運吉が下富良野村で
旅館「カネキチ清水旅館」を経営していて貸し付けを受けて
小作人14戸で明治41年から開拓を始めました
衣川団体は岩手県衣川村より村上兵馬を団長に
12戸が入植しました

史料によりますと村上兵馬という人は二刀流の達人で
野武士的気風の人物だったとか
兵馬という名前と相まって、ちょっと興味をひかれます
 

■ 「故団体長奥野仙蔵君碑」「拓魂の碑」3/4 2011年12月28日(水)

  「故団体長奥野仙蔵君碑」
「拓魂の碑」 (上富良野町江幌地区)3/4

碑の下にはこの地に入植した年数と団体名が記されています
明治39年岐阜団体 
明治40年滋賀団体
明治41年カネキチ農場 
明治42年衣川団体

入植団体につて、ほんのちょっとだけ調べてみました
岐阜団体は岐阜県小金田村より
後藤貞吉を団長に25戸が入植しました
江幌ダムに向かう養老道路の名は
岐阜県の養老の滝から付けられたということです
 

■ 「故団体長奥野仙蔵君碑」「拓魂の碑」 2/4 2011年12月23日(金)

  「故団体長奥野仙蔵君碑」
「拓魂の碑」 (上富良野町江幌地区)2/4

奥野仙蔵氏は明治40年滋賀県杉野村から
滋賀団体15戸の団体長として江幌完別に入植した人物です

碑には明治44年と6月10日の文字が読み取れますが
資料によると明治44年6月19日享年40歳で没したとあり
碑の文字も相当読み取りづらいので
間違っているかもしれません。
 

■ 「拓魂の碑」 1/4 2011年12月22日(木)

  《この碑 なんの碑 気になる碑》

「故団体長奥野仙蔵君碑」
「拓魂の碑」 (上富良野町江幌地区)1/4

この二つの碑は並んで上富良野町江幌小学校の道路を
挟んだ向かい側にあります
「拓魂の碑」は、江幌開拓百年記念に江幌住民会が
平成18年9月に建立したもので
きれいでデザインも新しい碑です

その正面右隣にあるのが
かなり古い碑ですが「故団体長奥野仙蔵君碑」と読めます
上富良野町百年史を調べてみました
 

■ 樹霊碑 3/3 2011年12月19日(月)

  樹霊碑(占冠村)3/3

占冠村の総面積の94%が森林で 

かつて林業が村を支えたことに対する

樹木への感謝の意なのでしょうか

定かなことはわかりませんが…

金山営林署が建立したということです
 

■ 樹霊碑 2/3 2011年12月16日(金)

  樹霊碑(占冠村) 2/3

振り返ったところに、この碑はあります

かなり中途半端なところに建っていますが

かつて遊歩道があり

赤岩橋の建設により廃道になり

樹霊碑だけが残ったということです。
 

■ 樹霊碑(占冠村) 1/3 2011年12月15日(木)

  樹霊碑(占冠村) 1/3

占冠中央から赤岩青巌峡に向かいます

赤岩トンネルをすぎてすぐ

ニニウ方向へ右折してすぐ

小さな駐車場があり

車を止めます

取り壊しが決まっている赤岩橋を覗きます