■ JR中富良野駅 7/12 2011年11月08日(火)

  JR中富良野駅 7/12

「中富良野の開拓」のコーナーです

当時実際に使われていた農機具などが中心に展示されています

中富良野は、農業を中心に発展してきた町なので展示物は豊富
です

実際に使われた農機具には、年期が感じられます

農業に携わることのなかった私には用途のわからないものも
たくさんあります
 

■ JR中富良野駅 6/12 2011年11月07日(月)

  JR中富良野駅 6/12

最初に目に入ったのは、「大昔の中富良野」のコーナーです

中富良野町は富良野地方でもっとも遺跡の多いところだそうです
中富良野町から出土した石器、土器が整理されて陳列されています
数的には多くは展示されてはいませんが、
厳寒の荒野であったこの地から土器や石器が出土することに驚きです

大昔この地は、どんな気候であったのだろうと考えてしまいます
 

■ JR中富良野駅 5/12 2011年11月04日(金)

  JR中富良野駅 5/12

駅正面の道を下り、国道237号を突っ切ります

中富良野駅から徒歩3分:中富良野町郷土館です

児童館を併設したきれいな建物です

建物の横の広場には子どもたちが大好きな遊具があります

建物を入ると2階が資料展示室になっています
 

■ JR中富良野駅 4/12 2011年11月03日(木)

  JR中富良野駅 4/12

もう一つ印象に残っている話があります
今は、ラベンダーの花を中心にきれいに整備されている北星山の話です。当時、スキー場として町民に利用されていた北星山にリフトが付いたという話です。それが、今のように腰かけて乗るタイプではなく「ロープリフト」ということです。椅子はなく、ロープについている木片を股の間に挟むか、ロープにつかまって、引っ張り上げられるというのか、スキーを履いたまま滑り上がる形状だと聞きました。一度体験したかったのですが、夏のそれも1週間ばかりの帰省だったことと、実家がそれからすぐに中富良野町から引っ越してしまったので、この目で確かめたわけではありません。無責任ですが、もし間違った記憶でしたら勘弁してください。定かでない記憶の話はこれくらいにして、駅を出ます
 

■ JR中富良野駅 3/12 2011年11月02日(水)

  JR中富良野駅 3/12
この駅舎は1989年に改築されたということですが、私には旧駅舎の記憶が、かすかにあります
ちょっと、わたくしごとになってしまいます
恥ずかしながら、この齢になりますと記憶があいまいですが、昭和43、4年頃だと思います。高校卒業後、私は道外に出ていたのですが、その間に実家が中富良野町に引っ越しまして、自分の実家に、地図を片手の帰省となったのです。中富良野駅の駅舎は、もちろんまだ木造でしたが、駅を利用する人たちが多く、駅前も、もっとにぎやかだったと記憶しています。駅舎を出て、正面の交差点に真新しい信号機が1機ありまして、中富良野町に初めてついた信号機だと聞きました。初めての信号機ということで渡り方を練習したとか、そんな話を耳にした記憶があります
 

■ JR中富良野駅 2/12 2011年11月01日(火)

  JR中富良野駅 2/12

中富良野(なかふらの)駅 
開駅 昭和33年8月1日

【駅名由来】
富良野川の中流にあたるので、「中」をつけたということです
富良野駅から10分  運賃は220円 中富良野駅です
ラベンダーの町として知られる中富良野町の玄関にふさわしい白が基調の瀟洒な駅舎になっています
「なかふらのラベンダーフェア」の時期には、町内の小学校児童によって、駅前の花壇が花いっぱいになります
 

■ JR中富良野駅 1/12 2011年10月31日(月)

  ○○駅から徒歩○分 
 不動産の広告「駅まで何分」というのを見て、フッと思いました

そう、かつてのボクらの社会生活では、通学・通勤・買い物と、人の流れと物流の起点は駅でした

車社会の今、ちょっとだけ立ち止まって、駅から眺める風景に、もしかしたら、その街(集落)の在り様がみえるのかもしれません

そんな想いで、このレポートを始めます
ほんの少しだけでも、この地域の居住まいの様子を知る手助けになればと、思います
 

■ 「聖台ダム建設70周年記念碑」 6/6 2011年10月28日(金)

  「聖台ダム建設70周年記念碑」 6/6


こちらは貯水池としての聖台ダムを讃えたものでしょう

認定証というのか、賞状がはめ込まれている碑は

初めて、それも二つも見てしまいました

聖代ダム公園は、桜の時期にはすてきなけしきがみられるということなので

来年の春には、もう一度訪れるつもりです