■ 海江田翁の碑 1/2 2011年08月01日(月)

  《この碑 なんの碑 気になる碑》

「海江田翁の碑」(上富良野町)1/2

上富良野町の島津農場開拓の祖といわれる
海江田信哉氏の功績を称えたもの。

鹿児島県から屯田兵として北海道に入植して、
明治34年から島津農場の管理にあたり
百余名の小作人と共に500町歩の大農場を造成したということです。

小作人に対する指導力と温情に満ちた人物であったらしく、
島津農場の小作人70余名によって、この碑が建立されたと記録されています。
 

■ 占冠村の碑 2/2 2011年07月27日(水)

  「この碑 なんの碑 気になる碑 」(占冠村)2/2


一つの碑には
《山に老いて 悔いはなかりき 夕あかね 幸一》

もう一つの碑には
《吾れ下トマムを愛す  平成5年6月 高橋幸一》

最初の碑は俳句ですよね。
すごく失礼なことですが、高橋幸一さんが、どなたなのかわかりません。有名な俳人なのでしょうか?下トマムの方でしょうか?牧場主の方でしょうか?

ちょっと手抜きをします。わかりませんので、どうしても興味があって知りたい人は、調べてみてください。
 

■ 占冠村の碑 1/2 2011年07月26日(火)

  ○○駅より徒歩○分 番外編

「この碑 なんの碑 気になる碑 」(占冠村)1/2

金山峠を下って占冠村に入り、
下りきったところの三叉路を右折して
トマムへ向かいます。

アルファリゾートの高層ホテル群がみえるのはまだかな?
などと思えるくらいの走った時、
左手に、かなり開けた場所に出くわすのです。馬と羊の放牧場です。

その碑は、この牧場の柵の前、二つ並んであるのです。
道路脇にはあるのですが、うっかりすると見落とします。
 

■ 鳥獣魂碑 2/2 2011年07月25日(月)

  〇「鳥獣魂碑」(南富良野町)2/2

《空を翔け 森に宿りし 数多(いくた)の命 
人意によりて 天に昇らむ 
諸霊の輪廻を信じつつ 謝し 
鎮魂の誠 この碑に託す》

自然の恵みに感謝し、
自然を守る思いを、改めて考えさせられました
 

■ 鳥獣魂碑 1/2 2011年07月23日(土)

  〇「鳥獣魂碑」(南富良野町)1/2

南富良野の三の山峠(地元では幾寅峠と呼ぶとか)の
駐車場の一角にその碑はあります

以前ご紹介した忠犬ハチ公の碑の隣にあります

この台座には《銘》として、こうあります。
 

■ 魚霊碑 2/2 2011年07月22日(金)

  〇「魚霊碑」(富良野市) 2/2

この碑の後ろには、こうあります。
《古来より 魚介はそのいのちをもって 人々の健康と生命を維持し 生活に欠かせぬ貢献を果たしてきた 
この取り扱いを業とする者として 永く魚霊を祀り 感謝のまことを捧げるものである》

富良野市公設地方卸売市場買受人組合が中心となって
建立されたといいます。
今夜の晩酌の肴は、刺身はやめて、
冷奴と枝豆にしておきますか。
 

■ 魚霊碑 1/2 2011年07月21日(木)

  ○○駅より徒歩○分 番外編

《この碑 なんの碑 気になる碑》
石碑を訪ねてみます。有名な碑・無名な碑・
忘れられた碑など、それぞれそれなりの謂れがあり、建立した人々の思いがこめられています。これもまた、この地を知る一つの手掛かりかと・・・・。

〇「魚霊碑」(富良野市) 1/2

富良野市公設卸売市場にこの碑はあります
 

■ 忠犬ハチ公の碑 2/2 2011年07月20日(水)

  〇「忠犬ハチ公之碑」(南富良野町)2/2

この碑には、こう記されています。
《この坂道を下れば心あたたかき人里あり 
遠く眺むれば 北国の雄大な原始の姿蘇る 
雪深き昭和50年1月18日 一頭の迷えるうす茶色の北海道犬 
この幾寅峠に歿す麓の里にひとときのねぐらも一片の糧も求めんとせず
通いくる人々の愛と恵みに支えられて1年有余に亘り 
何故か道行く車を見つめつつ 
ただひたすら恩ある主のみ慕いて迎え来る日をここに待つ 
主よ 何処に 
悲哀なるその姿死せる今なお脳裏離れず・・》

峠の除雪作業車にはねられ孤独な死を遂げたハチ公に合掌