ふらびズム


地域の歴史 富良野市山部

取材日 2014年3月8日(土)
取材地 富良野市生涯学習センター

地域の気質は、一致団結!

 山部の開拓は、1909年(明治42年)建立された北海道大学第八農場山部成墾記念碑から知ることができます。碑に刻まれた通り、この地区は北海道大学第八農場があり、ほとんどが小作農場だった場所でした。富良野では大きな農場地帯でしたが、水量が足りず、水田がなかなかできなかったそうです。この地区での水田が始まったのは、南富良野町に金山ダムが竣工した1967年(昭和42年)以降でした。それ以前は、馬鈴薯の生産が盛んな地域でした。空知川に注ぐ支流や芦別山系から流れ込む川の水力を利用した澱粉工場が林立した地域でした。富良野の中で澱粉の生産量を誇った地域でもありました。

 また、山部には、国内随一の石綿鉱山がありました。1937年(昭和12年)石綿が発見されると、山部は鉱山の城下町と化して行きます。軍需物資としても盛んに採掘され、市街地は活況を呈したとのことです。戦後は、昭和30年代以降(1955年~)は、離農が多く、農業地帯から市街地に人口が流入。現在の市街地の形が出来てきました。しかし、昭和40年代以降(1965年~)から、石綿の採掘は縮小、もしくは閉山を余儀なくされて行きました。

 富良野市の歴史的建造物を調査した市博物館。富良野市最古と考えられる木造・レンガ造りの建物があるのが、JR山部駅構内です。調査をした博物館 澤田健さんにその建物のこと、地域の特徴などについて、伺いました。

 「(JR山部駅)上り線のホームに、レンガ造りの建物があります。小さな建物で、SL時代、汽車に使用したランプに使う油を保管する倉庫が残っています。明治44年の建物です。明治らしい、おしゃれな建物で、ただの倉庫には見えないですね。」と、澤田さん。その他に昭和の時期の倉庫もあるそうです。「現在、駅舎の隣にあるタクシー会社の出張所は、昔の駅を一部分使って移動したもの」とのことです。ふらびズムの「駅から眺める風景」でご紹介した山部駅の歴史を裏付ける建造物のエピソードでした。その古い歴史を持つ山部地区。位置は富良野市の中央にある町です。

 山部地区は、市内で、東京大学北海道演習林と芦別岳に挟まれた地理的には狭い地域です。しかし、山部独自の伝統文化やイベントを実施するという印象があります。澤田さんに、山部地区に気質をたずねると、「山部地域の皆さんは、一致団結して何かをするときに協力してやるという風土を持った地域と非常に感じます。山部村(最後には山部町)は、富良野町(当時)と合併する以前に、公民館やいろいろな団体の活動が盛んであったと伺っています」と、語ってくれました。さらに「地理的には、市の中央部に位置する山部。そこに暮らすみなさんのパワーを、富良野市発展のためにお使いいただければ…」と、地域へのメッセージをいただきました。

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